またしても脱線ネタ。
NYの「ハバチ」は日本語の火鉢とはちと違ったが、今回のはおそらく原語に近い。ロンドンの大英博物館、売店で"shokugan
現物の写真を撮ってきたかったのですが、店の売り物なのでそういうわけにも行きませんでした。
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時々見かける「©」というマーク。法的にどういう意味があるのかという質問に対する答えを一言で言うと、「ベルヌ条約に加入せず、万国著作権条約だけに加入していて、かつ、著作権保護要件につき方式主義を採っている国で、著作権の保護を受けるために必要です。」 ©と共に、著作者名と最初に発行した年を三つ合わせて表示する必要がある。
それで、「ベルヌ条約に加入せず、万国著作権条約だけに加入していて、かつ、著作権保護要件につき方式主義を採っている国」はどこかというと、少し古い情報だが、ラオスとカンボジアの二国しかないそうだ。
つまり©マークは、世界中のほとんどの国で、法的には意味を持たない。それにもかかわらず、わが国であちこちに多用されているのは、事実上、権利者を示す標記として都合がいいからだろう。著作者の名前だけでなく、著作権管理の委託を受けている企業や製品を製造した企業の名前が付されていることもある。更に深読みをして「©マークが付いている=著作者から許諾を受けている」と考える人もいるようだが、これは必ずしも正しくない。©がついていようといまいと、実際に著作者から許諾を受けているかどうか、あるいは、引用などの著作権制限事由にあたるかどうか、が問題になることに変わりはない。
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誕生日のお祝いといえば歌う歌。
なぜかいつも必ず英語で歌う歌。
レストランで誕生日祝いをしている人がいて、お店の人がケーキを持って歌を歌いながら出てきて、そのうちたまたま居合わせた関係のない人まで声を合わせて、しまいには店中が「ハッピー・バースデー・ツー・ユー」の大合唱になる、なんて場面に遭遇したことはありませんか?
これって、ついこの前まで、著作権法違反だったのです!
JASRACのデータベースで調べてみたら、日本では、5月23日から著作権消滅でパブリックドメインになったそうですが、それより前はアウト。
ちなみに本国の米国では、著作権の存続期間が日本より長いため、まだ著作権が生きています。ですから、ニュー・ヨークのレストランでこれをやったら立派な著作権侵害です。「侵害現場を発見したらASCAP(American
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東京地裁に行くと、見学に来たらしい高校生の集団を時々みかける。裁判員制度を持ち出さずとも、裁判所というおっかなそうなところで一体何が行われているのか、学生のうちに見ておくのは良いことだ。
裁判というといまだにハリウッド映画しか思い浮かばない人もいるかもしれないが、劇的なシーンを期待して裁判傍聴に行くと、たいていの場合は失望する。特に民事はそうだ。当事者の言い分は事前に書面で提出されるので、弁論期日はあっという間に終わってしまって、あとは次回期日を何月何日に設定するかという話ばかりしている。以前に書記官から聞いた話だが、ある裁判官はとても早口で、瞬く間に弁論期日が終わってしまったため、一方の代理人弁護士が後から恐縮して書記官室に電話してきて「今日は何をしたんでしょうか?」と尋ねたことがあったそうだ。代理人にも不明の内容を、傍聴人が理解できるはずがない(これは極端な例の笑い話だが)。それに、一度だけ弁論期日を傍聴しても事件の全貌はわからないので、聞いていても何が何だかさっぱりわからない。
どちらかというと、刑事事件の方が興味を持ちやすいだろう。検察官は必ず最初に起訴状を朗読するから、被告人がどういう罪で起訴されたのかがわかる。一回の期日で終結して判決まで言い渡される事件も少なくない。
私がこれまで弁護人を務めた刑事事件の中で、犯罪としては商標法違反事件(偽ブランド品)がもっとも人気だった。傍聴席には大勢の女子高校生がいて、熱心に公判を最後まで見守っていた。身近な話題で、関心が高いのだろう。もっとも、彼女たちが「偽物はダメ」と思ったか、それとも「ばれたら運が悪い」と思ったかはわからない。
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いつごろからか、香港では露天商が道端に偽ブランド品の現物を置いているのをあまり見かけなくなった。代わりに雑誌のグラビアのページがずらっと並べてある。お客が写真を眺めていると、お店の人がすっと近づいてきて、「この商品あるよ」「色違いもあるよ」「いくらなら買う?」などと会話が始まる。
ある時、私は奮発して某ブランド直営店で時計を買ったばかりだったので、同じ物(の偽物)がないかと思って、立ち止まって順序よく並べられた写真をのぞいてみた。お店の人はすかさず私にすり寄ってきて、どのモデルを探しているのかと聞いてきた。私が答えると、すぐに手製の写真アルバムが登場。見せられたページには、お目当ての時計の写真と共に、値段も表示してある。
偽物にも出来不出来があって、本物と容易には区別がつかない物もあれば、一見して偽物とわかる物もある。この時は、三、四軒見て回ったところ、同じ時計を意識して作られたらしい偽物が少なくとも二種類あった。そのうちの一つにはなんと、真正品には付いていない秒針が付いている!
「真正品には秒針がないのに、どうしてこの時計には秒針があるのか?」と私が尋ねると、店の人はすかさず答えた、「秒針がついていない時計もあるけど、そっちは高品質で、もっと高いんだよ。」(別の時計を薦めるつもりらしい)
別の店の人は、ためらうことなくこう言った。「高いお金を出して真正品を買っても秒針は付いてこない。でもこの時計には秒針が付いている。秒針が付いている方が買い得ではないか。」
物は言いよう、相手は商売人
しかし、この理屈は、たとえ偽ブランド品でも構わないと思う遵法精神に乏しい人であったとしても、日本の人には通用しないでしょうね。これを臆面もなく言い切ってしまうところが、土地柄か。
MS

先日のブログで「寿司」や「和食」が出たので、そのネタで少々脱線を。
日本を出ると「スシ」の概念は変容する。カリフォルニア・ロールは今でこそ日本でもお馴染みだが、私に言わせればあれは「スシ」で、「寿司」ではない。
でも、その程度ならまだわかる。口頭で「スシ」と言われたら、「寿司」あるいは「寿司のような食物」だと想像できる。
私がわからなかったのは、「ハバチ」。
ニュー・ヨークの友人が、日本食なら「ハバチ」が好き、と言うのだ。魚の名前かと思ったが、よく話を聞いてみると、バーベキューのことを言っているようだ。つづりを尋ねたら、「hibachi」。 火鉢!?
ニュー・ヨークあたりのちょっと高級そうな日本料理屋にはなぜか必ずと言っていいほど巨大な鉄板があって、調理するのを見ながら鉄板焼を食べられる。どうもああいう鉄板焼のことを、かの地では「ハバチ・グリル」と呼ぶらしい。
そのうち東京にも「ハバチ・グリル」なんて名前の鉄板焼屋ができるかも?
MS

MoMAのカフェで使っているティーポットは、日本のデザイン。
「ブランド」という言葉は、家畜などに刻印して印にした焼き印(brand)が語源なのだそうです。
ところで、この「ブランド」は、直接、この言葉では、各種の無体財産法で保護されているわけではありません。政府の知的財産戦略大綱に沿って平成14年に施行された知的財産基本法でも、「ブランド」は、保護対象として直接は明示されていません。
現実には、「ブランド」は、たいていの場合、商品の名称やマークの場合「商標」で、企業名の場合には「商号」といった形で、法律上は保護されます・
ここで、「商標」について説明すると、商標は、商標法でほごされており、他の商品と自己の商品を区別する「識別機能」、商品がどこで作られたかをしめす「出所表示機能」、商品の品質を示す「品質保証機能」、商標の使用による「宣伝広告機能」があるとされています。商標法は、商標に化体した信用を保護しているとされているので、この機能・保護対象の観点からすると「ブランド」と同義ともいえなくもありません。でも、ブランド名は、国・地域名、企業名(商号)であることも少なくないわけで、また、ブランドは、技術力やデザインといった知的財産(特許や意匠)によって形成されていることが多いので、この点では、商標そのものとは異なります。そして、商標が浸透しすぎて普通名称にまでなってしまうと、もはや特定の企業が独占することが望ましくなくなってしまい、商標としては保護されなくなってしまいます。
ですので、「寿司」「和食」といった特定の企業で独占できない「ブランド」はそのままでは法律上の保護を受けることができず、結果としては使い放題になってしまうわけです。
「ブランド」の構築・維持は、企業によって培われるもので政府が介入すべきではないという意見もあるようですが、経済産業省は、上記のような隙間を埋めるため、法律で保護されない「ブランド」を維持・保護のために、和食認定制度を作ったりしているのだろうと思いますが、やはりこれは「スシポリス」と揶揄されるものであっても政府がやるべき作業のように私には思えます。 AK
私が以前から面白いと思っているサイトに「アジアのいかしたTシャツ」というサイトがあります。
東南アジアでは、日本の文字が格好いいと思われているらしく、「さわやかゴキゲングッズ」
とか「スーパートップ」とか変な日本語が書かれたTシャツが沢山売っているのだそう。
日本でもネィティブの人が見たらとても変な英語が書かれた服とかが沢山売られてるので、それの
アジア版だと思えば別に変ではないのですが、子供の頃から英語=格好いい、という刷り込みが
なされているのか、微妙な違和感があって面白いのでしょう。
大学時代、ドイツから来た留学生から、「自分の子供の頃はヨーロッパでは永井豪のアニメ(マジン
ガーZとかグレンダイザーとか)が流行っていてみんな見ていた。だから、日本は格好いい国と思っ
て日本語を勉強した。永井豪はヨーロッパではとても有名だ。」と聞いたことがあります。
彼はオタクでしたので、あまり信用出来ないのかもしれませんが、少なくとも、今、日本のサブカル
チャーが脚光を浴びているのは、これまでのそういった日本の意外なところでのサブカルチャーの
浸透が花を開いているところが大きいのだと感じざるを得ません。
今、いろいろ政府がブランド戦略をしているわけですが、国のブランドイメージというのは、政策的
に作り出せるのではなくて、こういう草の根?的なカルチャーの発信の成果なのでしょうね。
AK
カリブ海のある島に、友人を訪ねて行った時のこと。
その島では、東アジア系の容貌の人をほとんど見かけなかった。島内で友人の友人知人に会うと、見るからに異国の容貌をした私のことは当然ながら「日本の友人」と紹介される。
そんな折に交わす会話で印象に残っているのは、「日本製の車や電化製品は有名だし自分も○○を使っているけど、ナマの日本の人間は初めて見た」という発言を一度ならず聞いたこと。彼らの頭の中では、はるか彼方の日本という国は専ら工業製品を産出する国とのみ映っているらしい。「あなたに会ったおかげで日本には人間もいるとわかって良かった」というのがいつも会話のオチだ。
優秀な製品を産する国として知られるのはうれしいことではあるが、その反面、他の場面での日本の存在感の希薄さに、少々気が滅入る思いがした。
MS


by EMMA
©マークの意味